東京高等裁判所 昭和53年(ネ)708号 判決 1979年8月28日
控訴人
水野丈夫
控訴人
鈴木慎次郎
右両名訴訟代理人
橋本和夫
被控訴人
廣瀬聖雄
右訴訟代理人
伊東七五三八
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一控訴人水野丈夫が、昭和三八年四月一日被控訴人からその代理人である訴外田中静雄との契約により本件一〇の土地を代金坪当たり二万円と定め、代金合計三四二万円で買い受け、その代金を完済したこと、控訴人鈴木慎次郎が、昭和四三年四月二九日被控訴人からその代理人訴外田中との契約により本件七の土地を代金坪当たり三万八〇〇〇円と定め、代金合計四二五万六〇〇〇円で買い受け、同年七月三〇日までに右代金を完済したこと、被控訴人が控訴人らに右各土地を売り渡すに当たり、被控訴人の代理人訴外田中が右各土地を現地において指示して特定し、かつ、訴外石井義一が昭和三〇年ころ実測して作成した実測図を控訴人らに示して、右各土地の面積が右実測図に記載されているとおりであると説明し、右各土地の売買代金を右実測図記載の各面積に従つて算出し、本件一〇の土地につき一七一坪分の三四二万円、本件七の土地につき一一二坪分の四二五万六〇〇〇円と定めたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
そして、<証拠>を総合すれば、
(一) 訴外田中は、昭和二三年七月四日訴外大野源次郎から鎌ケ谷市道野辺字囃子水口九三七番一山林一反一畝〇九歩を買い受け、その所有権を直ちに三男の被控訴人に移転して、同年九月三〇日被控訴人の名義をもつてその所有権移転登記を経由したこと
右九三七番一の土地は、その東側が訴外小金安太郎所有の同所九三四番一の土地と隣接していたが、昭和二三年当時右九三七番一の土地は現況山林であり、右九三四番一の土地は現況畑であつて、訴外小金が右畑を耕作していたので、右両地の境界は現地においておおよそ見当が付けられるような状況になつていたこと、また、訴外小金は、そのころ既に右両地の境界付近に溝を掘り、右山林から右畑に延び入ろうとする木の根等を切除していたこと
(二) 被控訴人は、訴外田中を代理人として、昭和三〇年ころ土地家屋調査士であつた訴外石井に右九三七番の一の土地及びその隣接所有地の実測及び右一団の土地を分割するための各分割予定地の実測並びにその実測図の作成を依頼し、訴外石井は間もなくその実測を完了して実測図を作成したこと
被控訴人は、右実測図を参考資料として、昭和三二年二月一日右九三七番一の土地から同番六山林一畝二九歩及び同番七山林二畝〇五歩(本件七の土地)を分筆し、右九三七番一の土地は山林七畝〇五歩となつたこと、次いで、被控訴人は、昭和四〇年六月二八日右九三七番一の土地から同番九山林一畝二八歩及び同番一〇山林二畝二〇歩(本件一〇の土地)を分筆し、右九三七番一の土地は山林二畝一五歩となつたこと、しかし、右の各分筆は、実測図に基づいて行われたものでなく、公図を基礎として行われたので、登記簿上の地積訂正が行われず、そのために分筆された各土地の登記簿上の地積は実測面積と相違することとなつたこと
石井作成実測図には、後日分筆された本件一〇の土地に対応するものとしてAの三の実測171.3375坪の区画部分が記載され、同じく本件七の土地に対応するものとしてAの四の実測112.25坪の区画部分が記載されていたこと
(三) 被控訴人の代理人訴外田中は、昭和三八年四月一日控訴人水野に本件一〇の土地を売り渡すに当たり、石井作成実測図のAの三の区画部分を示してこれを現地において指示し説明したのであるが、右土地を囲繞する各基点を明確に指示することはできず、殊に右土地の東側の前記九三四番一の土地との境界については右実測図に記載された基点を探し出すことができなかつたこと
そのため訴外田中は、現況から見て訴外小金が掘つていた本溝の西側に沿つた線の辺りが隣接地との境界であると説明し、その線を右土地の東側の囲繞線であるとして右土地の範囲を現地において指示特定したこと、そして、訴外田中は、控訴人水野に対し、右実測図を示しながら右売渡土地の面積は右実測図記載のとおりであるはずであるから、右売渡土地の売買代金は右実測図記載の面積に従つて算出することとしたい旨申し入れ、控訴人水野もこれを承諾して、右売買代金の単価を坪当たり二万円と定め、その一七一坪分をもつて右売買代金の総額とすることを合意したこと
控訴人水野は、昭和四〇年七月二七日被控訴人の代理人訴外田中に残代金を支払つて右売買代金を完済し、同日本件一〇の土地につき所有権移転登記を経由して、被控訴人から右土地の引渡しを受けたこと
(四) 被控訴人の代理人訴外田中は、昭和四三年四月二九日控訴人鈴木に本件七の土地を売り渡すに当たり、石井作成実測図のAの四の区画部分を示してこれを現地において指示し説明したのであるが、前記(三)と同様に右土地とその東側の九三四番一の土地との境界につき右実測図に記載された基点を探し出してこれを指示することができず、そのため訴外田中は、現況から見て本溝の西側に沿つた線の辺りが隣接地との境界であると説明し、その線を右土地の東側の囲繞線であるとして右土地の範囲を現地において指示特定したこと、そして、訴外田中は、前記(三)と同様に控訴人鈴木に対し右売渡土地の面積は右実測図記載のとおりであるはずであると説明し、右売渡土地の売買代金を右実測図記載の面積に従つて算出することを合意して、右売買代金の単価を坪当たり三万八〇〇〇円と定め、その一一二坪分をもつて右売買代金の総額とすることを決めたこと
控訴人鈴木は、同年七月三〇日被控訴人の代理人訴外田中に残代金を支払い、同日本件七の土地につき所有権移転登記を経由して、被控訴人から右土地の引渡しを受けたこと
以上の事実を認めることができ、<る。>
右認定事実によれば、被控訴人の代理人訴外田中は、控訴人らとの間で本件一〇の土地及び本件七の土地につき売買契約を締結するに当たり、いずれも右各土地を特定してこれを売買の目的物件とすることを約定したものと見ることができるところ、右各土地が石井作成実測図記載の各面積を有するものであることを表示し、かつ、右各面積を基礎として右各売買代金の額を定めたのであるから、右各土地の売買契約はいずれも数量を指示して行われたものと見るのが相当である。
二次に、<証拠>によれば
(一) 控訴人水野は、昭和四二年から昭和四三年にかけて本件一〇の土地に居宅を建築し、控訴人鈴木は、昭和四九年四月ころから同年七月にかけて本件七の土地に居宅を建築したこと
(二) 控訴人らは、被控訴人から買い受けた各土地が石井作成実測図に記載された面積より狭いように思われたので、かねてから被控訴人の代理人訴外田中に対し右各土地を実測してくれるよう頼んでいたところ、訴外田中は、昭和四九年六月から七月にかけて、本件一〇の土地及び本件七の土地の各東側隣接地所有者の訴外小金に立会いを求めて控訴人らの所有地と訴外小金の所有地との境界を本溝の西側であると確認し、その境界標を埋設したうえ、土地家屋調査士である訴外江本弘に対し控訴人ら所有の本件一〇の土地及び本件七の土地につきその実測及び実測図の作成を依頼し、訴外江本は右各土地を実測して、同年七月一五日その実測図を作成したこと(以下この実測図を「江本作成実測図」という。)
江本作成実測図によれば、本件一〇の土地の面積は163.89坪であり、本件七の土地の面積は104.02坪であつて、石井作成実測図に基づく訴外田中の前記説明の内容と対比し、本件一〇の土地につき7.11坪、本件七の土地につき7.98坪の各数量不足があることが判明したこと
以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
三ところで、記録によれば、控訴人らは、昭和五〇年二月四日被控訴人を相手方として、前記各買受土地の数量不足を理由とする損害賠償請求訴訟(本訴請求)を提起したことが認められるところ、被控訴人は、控訴人水野が昭和四八年春ころないし同年夏までに本件一〇の土地の数量不足の事実を知つたと主張するけれども、被控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつて、<証拠>によれば、控訴人らは、いずれも昭和四九年七月一五日ころ江本作成実測図を見て、初めて各買受土地につき数量不足の事実を知つたことが認められるのであるから、控訴人水野につき一年の除斥期間が経過したという被控訴人の主張は理由がなく、これを採用することができない。
また、被控訴人は、控訴人らが売買契約締結後長期間(控訴人水野につき約一二年、同鈴木につき約七年)を経過して本訴を提起し本訴請求をするのは、民法第五六四条の立法趣旨に照らして許されないと主張するが、売買契約締結後長期間を経過したという事実のみをもつて数量不足による損害賠償を請求し得ないと解すべき合理的理由を見出すことはできないから、被控訴人の右主張はこれを容認することができず、主張自体失当というほかない。
四そこで、被控訴人は、控訴人らに対し売主の担保責任として各売渡土地の数量不足により控訴人らに生じた損害を賠償すべき義務を負うものというべきであるから、右数量不足により控訴人らに生じた損害の額について検討する。
(一) 民法第五六五条による売主の担保責任は、売主の債務不履行による賠償責任を規定したものではなく、売主には何ら履行すべき債務が存在せず、したがつて、債務不履行という事態が発生する余地が存在しない場合において、法が買主の信頼を保護するために直接に売主に課した責任である。すなわち、同条による売主の担保責任は、債務不履行による賠償責任が、売主が債務を本旨に従つて履行したならば買主が得たであろう利益を賠償すべき責任であるのに対して、買主が瑕疵を知らなかつたために被つた損害を賠償すべき責任であると解するのが相当である。
本件において、被控訴人は、訴外田中を代理人として控訴人らに対し、約定に係る各売渡土地につきそれぞれ所有権移転登記及び引渡しを完了し、その債務をすべて履行したものであり、被控訴人には債務不履行による賠償責任はないが、訴外田中が右各売渡土地につき実測面積よりも広い面積があるものと説明してその各売買代金を定め、これを売り渡したのであるから、被控訴人は、訴外田中の説明を信頼し、その説明に係る面積があるものとして右各土地を買い受けた控訴人らに対し同人らの被つた損害を賠償すべき責任がある。
そして、買主である控訴人らが各買受士地につき数量不足があることを知らなかつたために被つた損害として、右数量不足とされた各土地部分につきその各土地部分の値上がりによつて得べきであつた利益を喪失したことによる損害が含まれるものと解するのは、右担保責任の趣旨に照らして相当でなく、控訴人らの被つた損害としては、その各売買契約締結の際に数量不足であつた各土地部分の対価として被控訴人に支払つた各金員を過払したものとしてその支払分に相当する額の損害を被つたにとどまるものと解するのが相当である。
(二) そうすると、控訴人らの被つた損害は、控訴人水野につき坪当たり二万円の割合による7.11坪分相当額の一四万二二〇〇円となり、控訴人鈴木につき坪当たり三万八〇〇〇円の割合による7.98坪分相当額の三〇万三二四〇円となることが明らかである。
なお、控訴人らは、被控訴人の代理人訴外田中に本件各売買契約締結上の過失があつたから、被控訴人が売主として担保責任を負うに当たり、売主に過失がある場合として、いわゆる履行利益の損害を賠償すべき責任があると主張するが、民法第五六五条による売主の担保責任は、債務不履行による責任とは異り、売主の過失無過失を問わず買主の信頼を保護するための制度であると解すべきであるから、被控訴人の代理人訴外田中に控訴人ら主張のような売買契約締結上の過失があつたとしても、そのことから履行利益の損害を賠償すべきであると解し得るものではないから、控訴人らの右主張はこれを採用することができない。
五してみれば、控訴人らの本件各請求につき右四の(二)の各損害金及び右各金員に対する控訴人ら主張の日から各完済に至るまで民法所定の各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを認容し、その余をいずれも棄却した原判決は相当であり、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(安倍正三 長久保武 加藤一隆)